About a photograph

写真とは

写真は穴やレンズを通して対象を結像させ、物体で反射した光および物体が発した光を感光剤に焼き付けたのち、現像処理をして可視化したもの。イギリスの天文学者ジョン・ハーシェルによって、英語の[photograph] という単語は創案されました。「photo」は「光の」、「graph」は「かくもの」「かかれたもの」という意味です。


History of a photograph

写真の歴史

写真が発明される19世紀以前にも、光を平面に投影する試みは行われていました。画家達は、16世紀頃には立体の風景を平面に投影するためにカメラ・オブスクラ(暗い部屋という意味)やカメラ・ルシダと呼ばれる装置を用い、その中に投影された像に似せて実景に似た絵を描いていました。これらの初期の「カメラ」は像を定着することはできず、単に壁に開いた開口部を通して暗くした、部屋を大きなピンホールカメラにしたものでした。1724年には、ヨハン・ハインリッヒ・シュルツによる銀とチョークの混合物に光を当てると黒くなるという発見をはじめとして塩化銀やハロゲン化銀など銀化合物の一部は感光すると色が変わることが知られており、遊戯などに用いられていたましたが、これとカメラ・オブスクラなどを組み合わせる発想はありませんでした。

19世紀初めに、カメラ・オブスクラの映像と感光剤とを組み合わせ映像を定着させる写真の技術は、ほぼ同時に多数発明されました。このとき美術は新古典主義とロマン主義の並存する時期でした。また、大勢誕生した中産階級によって肖像画の需要が高まっていました。そして、石版画の技術が新聞図版や複製画などに活用され、広まりつつあったそうです。1825年にニセフォール・ニエプスが撮影した「馬引く男」が現存する世界最古の写真です。現代の写真処理は1840年から最初の20年の一連の改良を基底とします。ニセフォール・ニエプスによる最初の写真の後、1839年にはダゲレオタイプが発表され、直後にカロタイプも発表されました。写真の普及は肖像写真の流行、1850年代の湿式コロジオン法の発明、1871年のゼラチン乾板の発明へと続きます。1884年、ニューヨークのジョージ・イーストマンは紙に乾燥ゲルを塗布する方式を開発し、もはや写真家は乾板の箱や有毒な化学物質を持ち歩かなくて済むようになりました。1888年7月、イーストマンの設立したコダックカメラが「あなたはボタンを押すだけ、後はコダックが全部やります」との触れ込みで市場に参入しました。こうして現像サービス企業が登場し、誰でも写真撮影が可能な時代となり、複雑な画像処理の道具を自前で持つことが必要ではなくなりました。1901年にはコダック・ブローニーの登場により写真は市場に乗ります。1925年ライカ等の登場で一般性、可搬性、機動性、フィルム交換のしやすさが高まってスナップ写真が広まりました。20世紀以降、カラーフィルムやオートフォーカスやオートエキスポーズが広まりました。最近ではデジタルカメラの液晶画面によるインスタントプレビューが可能となり、高画質機種の解像度は高品質の35mmフィルムのそれを越えているとも言われるようになりました。コンパクトデジタルカメラの価格は大幅に低下し、写真を撮ることはより容易になったのです。しかし、マニュアル露出、マニュアルフォーカスのカメラと白黒フィルムを使う撮影者にとって、1925年にライカが登場して以来、変わった点はほとんどないと言えます。2004年1月、コダックは2004年末をもって35mmリローダブルカメラの生産を打ち切ることを発表しました。これは、フィルム写真の終焉と受け止められましたが、当時のコダックのフィルムカメラ市場での役割は小さなものでした。2006年1月、ニコンも同様にハイエンド機F6とローエンド機FM10を除いたフィルムカメラの生産を打ち切ると発表。同じ年の5月25日、キヤノンは新しいフィルム一眼レフカメラの開発を中止すると発表しましたが、販売するフィルム一眼レフカメラが1機種になったのは2008年になってからで、2004年1月のニコンの発表以降も4機種ものフィルム一眼レフカメラを供給していました。


Principle of a photograph

写真の原理

光に対してレンズやカメラ等の機器を用いて、屈折、遮断等の光学的な操作を行い特定の波長の光に感光する感光材に照射し、感光させます。 感光させた感光材に対して、必要ならば現像等の可視化や定着等の感光能力の消失等の操作、焼き付けや印刷等により明暗の反転や拡大を行うなどして、最終的な画像を得ます。

半導体撮像素子とは

デジタルカメラやテレビカメラ、ビデオカメラでは受光面に半導体撮像素子を用います。CCDの場合、半導体撮像素子に入射した光子がpn接合に入ると電子が発生します。子効率は銀塩写真のハロゲン化銀の場合よりもはるかに高いので、高感度です。発生した電子を走査することでAD変換器へ送ります。シャノン=ハートレーの定理とはVHS等、アナログ式の場合は電荷量に応じて信号の強弱を記録媒体に記録すること。ビジコン管の場合、光電面に入射した光子によって電位が変化し、走査することで電位の強弱を記録媒体に記録します。

銀塩写真とは

デジタル写真と区別してフィルムを利用する写真を銀塩写真といいます。ハロゲン化銀は光が当たると銀イオンが還元され、金属銀微粒子の核ができます。感光して銀粒子核の潜像となってもそのままでは画像にはなりません。感光した部分にある銀はごく少量で、適当な量まで銀粒子を現像液で成長させて可視化する必要があります。また、感光しなかった部分はそれ以上感光しては困るため、不要な部分のハロゲン化銀は定着処理で取り除く必要があります。ハロゲン化銀は感光するとき、波長を吸収する領域は青色によっています。そこで、可視領域にわたって感光させるために感光色素を用いて本来の吸収波長以外にも反応が起こるように設定します。まず感光色素が光に反応し、色素の電子がハロゲン化銀へ移動することによってハロゲン化銀の直接の感光と同様の変化が成立します。可視的な電磁波の特定の波長領域にのみ感光するようにし、三原色に対応するように感光層を重ねるとカラーフィルムになります。

相反則と相反則不軌

基本的に写真の感光量は光の量(=単位時間あたりの光の量×光が当たった時間)によって決まります。これを相反則といいます。ですが、感光量は入射した光の量にどこまでも比例するのではありません。未露光部はベースフィルム以上淡色にはならず、感光するハロゲン化銀は限られているため一定以上の光を当ててもそれ以上濃くはなりません。従って、光の入射量と画像の濃さをグラフにするとシグモイド関数のようになります。変化の中間部は直線的で、この部分の傾きのことをガンマといいます。露光時間が極端に短かったり長かったりする場合には、相反則が成立しないことがあります。これを相反則不軌(=ソウハンソクフキ)といいます。カラーフィルムでは更なる別の問題をも生む。色毎に相反則不軌の状態が異なるため、カラーバランスが崩れます。 現在利用可能なデジタルカメラでは画像に熱雑音と製作不良から発生するランダムノイズが乗ります。一部のデジタルカメラでは長時間露出する際のノイズを軽減する機能が付いているものもあります。非常に長い時間露光する場合、ノイズが最終的な画像に影響しないようにディテクターを低温で動作させる必要がありますが、フィルムの長時間露光では、粒状性は変化しません。フィルムの場合、冷却することで長時間露光時の相反則不軌を低減できることが、経験的に知られています。相反則不軌は天体写真を撮る時などに大きな問題となります。1977年頃には長時間露光時の相反則不軌対策や分光感度を調整した天体撮影用のフィルムが市販されていました。